徳川家康も苦笑い…偏屈すぎる戦国武将・大久保彦左衛門のとんだ「あいさつ回り」 (2/3ページ)

Japaaan

~だそうだ)、一門共申し聞け候に付て、子供不憫に存じ、追従の為罷り出で候。」と申され候由。

※『葉隠聞書』第10巻より。

【意訳】
大久保彦左衛門は武骨な偏屈者で、誰彼構わず批判して、老中たちに取り入ろうともしなかった。それを見かねた一門の者は、ある時彦左衛門に意見した。

彦左衛門の毒舌は、共に苦楽を乗り越えた主従関係ゆえに許された。中澤年章「神君 大久保彦左衛門」より、家康を背負って逃げる彦左衛門。

「彦左殿は数々の武勲によって、徳川将軍家はじめお偉い方々に一目置かれているから、勝手気ままな振る舞いも大目に見られているが、今後武勲の機会に恵まれないであろう子孫たちはそうもいかなくなることを考えて、今の内からコネを作っておくことも考えて下さいよ」と。

それを聞いた彦左衛門は「なるほど、そりゃもっともじゃな」という事で、さっそく翌朝、あいさつ回りに出かけると、出迎えた老中たちの「これは彦左殿、珍しいおいでですな(どういう風の吹き回しだ?)」との言葉にこう答える。

「わしは貴殿らに取り入る必要などないが、それでは子孫たちが困るであろうから、こうしてあいさつに参ったのじゃ」と。

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