古墳時代はここから始まった?纏向古墳群(奈良県桜井市)にある6基の前方後円墳【前編】 (2/8ページ)

Japaaan

その期間は、紀元前10世紀ごろから紀元後3世紀中頃(西暦250年)とされています。

弥生時代も後期(西暦100~250年)になると、各地で有力者を葬ったと考えられる墳丘墓と呼ばれる形態の墳墓が出現します。

吉備地方の大首長の墳墓とされる楯築墳丘墓(岡山県倉敷市)。2世紀後半~3世紀前半の造営と考えられ、後の前方後円墳に大きな影響を与えた。(写真:Wikipedia) 

その中でも、2世紀後半~3世紀前半(西暦180~210年)に造られた「楯築墳丘墓」(岡山県倉敷市)は、考古学的に大きな注目を集めました。

吉備地方を治めた豪族の大首長を葬ったと考えられるこの墳墓は、直径約40m、高さ約5mの円形の墳丘を主体とし、その前後にそれぞれ20mの突出部(長方形)を持つ、双方中円形墳丘墓という独特の形を持ちます。

楯築墳丘墓の突出部は、神社の参道のような役目を果たしたのではないかといわれ、人々が突出部を通って、主体の墳丘の頂上に登り、そこで亡くなった人のために祭祀を行ったとのではないかと推測されているのです。

「古墳時代はここから始まった?纏向古墳群(奈良県桜井市)にある6基の前方後円墳【前編】」のページです。デイリーニュースオンラインは、考古学古墳古墳時代カルチャーなどの最新ニュースを毎日配信しています。
ページの先頭へ戻る