古墳時代はここから始まった?纏向古墳群(奈良県桜井市)にある6基の前方後円墳【前編】 (4/8ページ)

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(写真:Wikipedia)

さらに、楯築墳丘墓には御神体として不思議な文様が描かれた孤帯文石が祀られていました。同様な文様の石が纏向遺跡からも出土し、纏向石塚古墳からは孤文が描かれた板材の破片が発掘されました。

このことから、吉備と大和は深い関係があり、楯築墳丘墓が前方後円墳の原型になったのではとの学説があるのです。

 東京国立博文館に展示される楯築墳丘墓の孤帯文石(複製)。(写真:Wikipedia)

さて、読者の皆さんはあることにお気づきではないでしょうか?そうです、墳丘墓である楯築墳丘墓が造られた2世紀後半~3世紀前半と古墳が初めて造られたとされる3世紀後半の間の約半世紀が空白の時代になってしまうのです。

この間、墳丘墓と古墳を繋ぐような墳墓はなかったのでしょうか?その答えとなるのが、今回のメインテーマである「纏向古墳群にある6基の古墳」なのです。

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