約3500年前の鉢の破片に碑文が、アルファベットのミッシングリングを解き明かす鍵となる(イスラエル) (4/6ページ)

カラパイア



 エジプトから、新しい文字が東の南レバントへと広まったことは、パレスチナで紀元前13世紀の遺跡から関連する碑文が発見されたことによっても証明された。

 このアルファベットは、その後、フェニキア文字やギリシャ文字へと変わっていくが、ある意味では先祖のアルファベットから分岐した異なるものだ。それでも、はっきりと歴史的に関係があると確信できる十分な類似性があった。

 しかし、紀元前19世紀から13世紀の間には、歴史的なギャップがあり、このミッシングリンクを解消するに足るアルファベット文字のサンプルが存在しなかった。

 このギャップを解釈するための道しるべがないため、多くの考古学者は、この新しい文字が南レバントへと広まったのは、この後か、その少し前だと結論づけていた。

 この説を唱えた者は、エジプトのアルファベットは、紀元前13世紀に一帯を統治していたエジプト第19王朝の支配者によってレバントにもたらされたと考えた。

 2020年5月、イスラエルの考古学者ナディブ・ナーマンが、南レバントにアルファベットが伝わったのは、紀元前14世紀になってからだという論文を発表した。彼は、その後のアルファベットの広まりは、エジプトの権力の中心で書記が活躍したことと関係しているという。

 しかし、テル・ラキシュで見つかった紀元前15世紀の文字は、こうした説をすべて覆した。新たなアルファベットがレバントに伝播したのは、紀元前19世紀から15世紀の間のどこかで起こったと思われ、のちの時代の侵略などの力ずくなやり方ではなかったはずだ。
4_e1
上記のセラービート文字と同様、この原始的な文字もまた紀元前19世紀ごろのもので、エジプト西部ワディ・エル=ホル砂漠の岩に刻まれていたのを発見された。
「約3500年前の鉢の破片に碑文が、アルファベットのミッシングリングを解き明かす鍵となる(イスラエル)」のページです。デイリーニュースオンラインは、カルチャーなどの最新ニュースを毎日配信しています。
ページの先頭へ戻る