幕末の女スパイ?尊皇攘夷の志士たちを葬り去った井伊直弼の愛人・村山たかの末路【後編】 (3/5ページ)
義言)を残すゆえ、共に国元からわしを支えてくれ……」
井伊直弼の懐刀として活躍した長野主膳。Wikipediaより。
「……はい……」
身分違いと解っていながら、やはり別れは辛いもの……彦根に残された『たか』は、長野主膳、そして息子の多田帯刀と共に国元から直弼を支援したそうです。
井伊直弼の女スパイとして……で、具体的に『たか』たちがどう直弼を支援したかと言うと、京都近辺で活動していた討幕派を中心とした志士たちの動向を密偵し、集めた情報を逐一直弼の元へ送っていたと言います。
女スパイと言うと、いわゆる「女の武器」を駆使して情報を引き出したように(こと創作では)イメージされがちですが、安政5年(1858年)の時点で『たか』は50歳。もちろん熟女好きな志士もいたでしょうが、『たか』の方が体力的にきつそうです。