幕末の女スパイ?尊皇攘夷の志士たちを葬り去った井伊直弼の愛人・村山たかの末路【後編】 (4/5ページ)
恐らくは男性よりも警戒されにくい女性らしさを活かして、フランクに近づきながら自然な信頼関係を築き、時間をかけて少しずつ情報を引き出して行ったのではないでしょうか。
「まったく、聞いてくれよ『加寿江(かずえ。変名)』さん……あの野郎がさぁ……」
「はい、はい。尽忠報国のお勤め、誠にご苦労様でございますね……」
かくして集積された情報をもって、直弼は後世に言う「安政の大獄(たいごく)」を敢行。吉田松陰(よしだ しょういん)や橋本佐内(はしもと さない)と言った尊皇攘夷の志士たちが次々に処刑されていったのでした。
「これも日本の未来のため……致し方なき処断にございましょう」
志士たちと同じく、直弼も日本の未来を思い、是とする信念があったのでしょうが、安政7年(1860年)3月3日、怨みを募らせた水戸藩士らに襲撃されて直弼は落命(桜田門外の変)。
これで積年の怒りが収まるはずもなく、その矛先は『たか』たちにも向けられたのでした。
三条河原で3日3晩……最大の後ろ盾であった直弼を失い、その残党らは次々と粛清され、悲惨な末路を辿ります。