17世紀に亡くなった高位聖職者の棺の中で見つかった胎児のミイラの謎(スウェーデン) (4/6ページ)

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「死産だった胎児の遺体を棺に忍ばせることで、子供が神の加護を受けていない、万全ではないということを表わしたわけです。聖職者のそばに安置する、つまり、このように洗礼を受けていない子どもの魂が神の右側(全能性の隠喩)にいられるよう最良のチャンスを与えたのは、極めて人間的な行為といえます」カルステンは言う。・誰が死産の胎児を入れたのか?
 死産のこの胎児は、ウィンスロップの孫である可能性が高いということはわかったが、それだけでは謎がすべて解決したとはいえない。

 いったい誰が、胎児の遺体を入れたのか? 歴史家が知っているウィンスロップの生涯や遺したもののこと、そして彼の死後、家が崩壊したことを考えると、文化的な伝統や、親の悲しみというものが答えの一部なのかもしれない。

 彼の足跡は、1000年近くもの間、この町を見守り続けてきたロマネスク様式の大聖堂の立派な塔の影から始まる。
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少なくとも12世紀にさかのぼるルンド大聖堂。北欧でもっともすぐれたロマネスク建築のひとつと考えられている(image credit:Colin/Wikimedia Commons, CC BY-SA 4.0)
・都市の繁栄を企てたウィンスロップ
 大聖堂の建築が始まった12世紀、ルンドの町はデンマークの一部だった。ウィンスロップ自身は、コペンハーゲンで生まれ、17世紀半ばまで生きた。

 1658年にスウェーデンの支配に変わったときは、彼はすでにスコーネ県の都市ルンドのビショップ(監督)で、そうした機を利用するのを逃さなかった。
ウィンスロップは、非常に実践的、思考力のある人物でした。
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