17世紀に亡くなった高位聖職者の棺の中で見つかった胎児のミイラの謎(スウェーデン) (6/6ページ)
これまではツールがなかったので、誰もそのような観点からは見ませんでした」
ウィンスロップの棺の中にあった胎児のCTスキャン画像(image credit:Gunnar Menander)古代のDNAを抽出しても、死産の胎児を棺に入れた人物が誰だかはわからない。カルステンは、その人物は子供を失った悲しみにくれた母親ドロテア・スパーレではないかと考えている。
彼女は司教の死の1年か2年前に、司教の息子であるペダー・ペダーセン・ウィンスロップ司教と結婚していた。
だが、息子は父親である司教を失望させたようだ。「彼はギャンブラーで、聖書にはまったく関心がなかったので、それは、年老いた司教にとって大きな悲しみだったことでしょう」カルステンは言う。
ほかの子どもがいたという記録はなく、司教の死から数ヶ月で、息子は財産を失った。スウェーデン王室がこれまで貴族に与えていた土地や屋敷を取り返したためだ。
ドロテアと司教の息子は、完全に文無しになってしまい、たちまち没落した。ふたりの最期については知られていない。
ウィンスロップの遺体は、将来の科学者のために保存しておくため、新しい金属の棺に入れ替えられた。
現在、この司教の棺は、大聖堂内の中世に作られた巨大で音のうるさい天文時計の背後にひっそりと移されてしまい、カルステンは嘆いている。「高位聖職者が最後に眠る場所としては、騒がしくてふさわしくない場所だからです」
ウインスロップの孫息子と思われる胎児の遺体は、ウインスロップの最後の遺産ということになるのだろうか?
「もちろん、今でも胎児はウインスロップと一緒に埋葬されています。彼らは血がつながっているのですから」
References:Foetus in bishop's coffin was probably his grandson/ written by konohazuku / edited by parumo