弥生時代、古代日本が世界史デビュー!記録の断片が醸し出す古代ロマン (1/4ページ)
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弥生時代
19文字で記録された「倭」
弥生時代といえば、稲作が浸透し始めたのとあわせて、戦乱などが起きるようになった時代として知られています。
実際、弥生時代中期頃の遺跡からは、戦乱の痕跡を示す出土品が多く発掘されています。佐賀県の吉野ヶ里遺跡、奈良県の唐古・鍵遺跡などなど……。また、周囲に水堀をめぐらせた、大規模な環濠集落も登場しました。
こうした集落の中でも、より強大なものは周辺の集落を従えるようになったと考えられています。そしてそうした集落同士のまとまりの最たるものが、「クニ」と呼ばれるようになったのです。こうして、「集落」は、ひとつの政治的なシステムをもった強大な組織となっていきます。
さて、この時代の日本の様子がどうだったのかは、日本国内では記録が残っていません。ただ、中国の前漢王朝の歴史書、『漢書』の一部である『漢書』地理志の中に、わずかな記述が残っていました。
「楽浪海中有倭人、分為百余国、以歳時来献見云。」
その文字数たるや、たったの19文字。それでも貴重な記録です。これが(今のところ)世界史上初となる、記録による“日本”(と後に呼ばれる国)の登場です。
これによると、日本は当時「倭(わ)」と呼ばれており、百あまりの小さな国々に分かれていたようです。
漫画『ONE PIECE』で「ワノ国」という国名が登場しますが、あのモデルは「倭」でしょう。
当時の、定期的に中国(当時は前漢)の領土である楽浪郡へ貢物をしていたようです。わざわざ海を渡って危険を冒してまで貢いでいたのですから、大国を味方につけたい理由が何かあったのでしょう。