「三矢の教え」はフィクションだった?戦国大名・毛利元就が息子たちに遺した教訓とは (3/7ページ)

Japaaan

その長さ3メートル!元就の長い長い長い手紙

では、この「三矢の教え」エピソードが完全にフィクションなのかと言えばそうでもなく、元就が三人の息子たちに宛てた弘治3年(1557年)11月25日付の書状が遺されており、これが「三矢の教え」の元ネタと考えられています。

読んでみると、これがまた非常にくどく長ったらしいので原文は割愛しますが、紙の横幅が実に3メートルにもなったと言いますから、息子たちもいささかうんざりしたことでしょう。

父・元就からの長すぎる書状にうんざりする隆元(イメージ)。

「まぁた親爺が愚痴をこぼしているよ……」

その内容をかいつまんで(それでも長いのですが)紹介すると、ざっくりこんな感じです。

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隆元、元春、隆景へ、これを進ぜ候。右馬(右馬頭)元就より。

尚々(なおなお。追伸)、言い忘れていたことを繰り返すが、この手紙には誤字脱字などあろうが、文脈で意図を酌みとるのじゃぞ。

一、これまで何度も言っている通り、毛利の御家を末代まで廃らせぬよう、わしや先祖代々の精神を受け継いでいってほしい。

一、元春と隆景は、それぞれ他家を相続したが、あくまでも毛利家を支える使命を忘れるでないぞ。

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