「三矢の教え」はフィクションだった?戦国大名・毛利元就が息子たちに遺した教訓とは (4/7ページ)

Japaaan

一、何度強調してもし足りないのは、もしお前たち三兄弟が仲違いするようであれば、三人そろって共倒れは免れぬぞ。これまで毛利家は多くの大名らを滅ぼして怨みを買っており、三人の誰も洩れぬよう力を合わせねば、とうてい立ちいかぬぞ。

一、隆元は、元春と隆景の補佐を得て政治をおこなうように。また元春と隆景も毛利家を第一に考えて補佐するように。毛利家が弱体化すれば、家臣たちが心変わりせぬとも限らぬ。

毛利家臣団の一人・桂能登守元澄。Wikipediaより。

一、この前も申したが、隆元は長男だから、弟たちが不満を言っても、父のような度量で受け止めねばならぬ。逆に元春と隆景は他家を継いだのだから、福原や桂など他の家臣たちと同じく(兄ではなく、主君とけじめをつけて)隆元に従わねばならぬぞ。まぁ、内心不満なのは解らんでもないがの。

一、この教えをみんなが守れば、毛利・吉川・小早川の三家は末永く栄えるだろうが、先の事はわからん。ならば、せめてお前たちだけでも教えを守って欲しいところだが、さもなくばことごとく滅び去ることとなろう。

一、何はなくとも、亡き母・妙玖(元就の正室)や一族ご先祖様への供養をねんごろに致せよ。

一、五龍城主の宍戸(ししど)家へ嫁いでいった愛娘の五もじ(通称:五龍の方)が不憫でならぬ。お前たちもこれまで通り、あの娘を気にかけてやって欲しい。もしぞんざいにしたら、わしはそなたらを怨むぞよ。

※五もじ(五龍の方)についてはこちら。

「「三矢の教え」はフィクションだった?戦国大名・毛利元就が息子たちに遺した教訓とは」のページです。デイリーニュースオンラインは、戦国大名毛利元就戦国時代カルチャーなどの最新ニュースを毎日配信しています。
ページの先頭へ戻る