「三矢の教え」はフィクションだった?戦国大名・毛利元就が息子たちに遺した教訓とは (6/7ページ)
一、わしが11歳の時、家臣の井上河内守元兼(いのうえ かわちのかみ もとかね)のところへ旅の僧侶が念仏の講義に来たので、継母と一緒に教わったのじゃが、以来ずっと朝日を拝みながら念仏を唱える習慣を続けておる。念仏を唱えれば来世はもちろん、現世においても功徳があるらしいので、お前たちも毎朝怠らないように実践するとよかろう。まぁ、お日様もお月様もどっちを拝んでも(≒毎朝が面倒なら、毎晩でも)いいと思うが。
一、わしは不思議なくらい厳島神社を崇敬し、永年にわたり信仰してきた。かつて折敷畑(おしきばた)の合戦において、厳島神社からお下がりの米と必勝祈願の巻物を持って来てくれたので、そのご加護で勝利を収めることができた。その後、厳島に要害を築こうと訪ねた折、思いがけず敵が来襲したのでこれを迎え撃ち、多くの首級を挙げたので、これを(軍神の血祭りとばかり)並べておいた。これは後に厳島で大勝利を収める吉兆であろうと安堵したものじゃ。そういうことであるからして、お前たちもよくよく厳島神社を崇敬するとよいぞ。