実は奴隷だった弥生人!?農業がもたらした「史上最大の詐欺」とは? (2/4ページ)
人々が家を作って定住したことについても、農作業をするからには田畑を常に見守らないといけないので「仕方なく」定住したとも考えられます。
また、米が主食になったことで栄養素も偏りがちになりました。米は鉄分・カルシウム・繊維質などが不足しています。
では、狩猟・採集で食糧を得ていた縄文人はどうだったでしょうか。
彼らは米のような一つの作物に限らず、複数の種類の食べ物に頼っていました。ですから、一つの食べ物が手に入らなくなっても他のもので補えます。栄養素についても同じことが言えます。
また、彼らは一カ所にとどまらず絶えず移動していたと考えられます。ですから弥生時代ほどには集落同士の戦争も起こりにくかったことでしょう。
このように考えると、弥生人による稲作が「進歩」だったとは言い切れなくなってきますね。
”奴隷”だったかも知れない?弥生人実はここまで述べたことは、歴史学者のユヴァル・ノア・ハラリによるベストセラー『サピエンス全史』に書かれていたことを下敷きにしています。
同書では、弥生時代の稲作に限らず、世界的に農業が行われるようになった約一万年前の状況を指して、なんと「人類は植物によって奴隷化された」と述べています。
例えば、小麦について同書にはこう書かれています。すなわち、一万年前はただの野生の草にすぎなかった小麦は、自分に有利な形でホモ・サピエンスを操ることで世界中に広がったのだ、と。
もしかすると、弥生人の稲作についても同じようなことが言えるかも知れません。
古代からずっと米を作ってきたとされる日本人。実はそれは稲という植物によって操られ、繁殖の手伝いをさせられてきたということなのかも知れません。