ブレイクの裏に桑田佳祐が!「三宅裕司×渡辺正行」初夏のドリーム対談〔前半戦〕 (2/5ページ)
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渡辺 僕は落研に入るまで、落語のことをまったく知らなかったんですけど、2学年上の志の輔さんの落語を観て、「俺も、こんなふうに人を笑わせたい!」って感動したんですよ。
三宅 志の輔も、そうなんでしょ? たまたま落研に入って、「こういう世界があったんだ」っていう。
渡辺 だって、志の輔さんは三宅さんに憧れてましたからね。
三宅 じゃあ、俺が作ったようなもんなんだ、今の志の輔を(笑)。
渡辺 ワハハハ。そんな3人で、77年から4年くらい、落語を披露する「志い朝の会」を開きましたよね。
三宅 毎年1月15日、上野の講談専門の寄席『本牧亭』でやってたんだよ。
渡辺 1回目は、僕がまだ大学3年生で、三宅さんと志の輔さんは、役者を目指してアルバイト生活。みんな素人だったけど、憧れの先輩たちと一緒に、いろいろなことを考えるのがホントに楽しかったです。
三宅 テレビ番組のタイトルに絡めた大喜利とかも、やったよね。「おまえ、なんだよ。お尻の穴にお味噌なんかつけて……味噌肛門」って。あまりにもくだらないから覚えてるよ(笑)。
■SETのギャグを全部メモって
――三宅さんは、79年に劇団『スーパー・エキセントリック・シアター(SET)』を結成。リーダーが率いる『コント赤信号』は、80年にテレビデビューを果たしている。
三宅 3人の中で、一番最初に売れたのがナベだよね。『花王名人劇場』(関西テレビ)でデビューした後、『笑ってる場合ですよ!』(フジテレビ系)とか、いろいろなネタ番組で、コントを披露するようになって。その頃、ナベがSETの芝居を、たまに観に来てくれたんだけど、俺たちのギャグを全部、メモるんだよ!
渡辺 終了後に楽屋に行って、「今日のギャグは、明日にはテレビで観られます。産地直送ギャグでございます。ありがとうございます」とか言って(笑)。
三宅 どんどん、コントのネタを作っていかなきゃいけない時期だったんだろうけど、差し入れも何も持ってこないんだよ(笑)。
渡辺 そうでしたか(笑)。