ブレイクの裏に桑田佳祐が!「三宅裕司×渡辺正行」初夏のドリーム対談〔前半戦〕 (1/5ページ)

日刊大衆

三宅裕司(左)と渡辺正行
三宅裕司(左)と渡辺正行

 本誌で好評連載中の『コント赤信号 渡辺正行 スター芸人たちの“笑いと涙”』。今回は、三宅裕司さんを対談相手に迎えた特別編をお届けする。三宅さんとリーダーは、明治大学落語研究会の先輩と後輩であり、人気劇団『熱海五郎一座』の座長と座員の関係。2人の出会い、立川志の輔師匠との交流、芸能界での活躍などについて、大いに語ってもらった!

渡辺 初めて会ったのは1974年、僕が(大学)1年生のときの夏合宿でしたよね。

三宅 俺は、その年の春に卒業してて、OBとして初めて参加したんだ。

渡辺 僕ら1年生にとって、三宅さんは“伝説の人”だったから、ドキドキしましたよ(笑)。

三宅 あっ、そうなの?

渡辺 落研には、誰もが大喜利のお手本にするカセットテープがあって、僕たちは何度も聴いて練習してたんですけど、その声は、すべて三宅さん。ホントにうまくて面白いし、お客さんも爆笑してるんですよ。

三宅 あったねえ。

渡辺 たとえば、デートに遅れたときの言い訳とか、そんなお題があって。

三宅 ああ、「ドライヤーだと思ったら、火炎放射器だったんだよ」とか答えたりしてね(笑)。

渡辺 そうそう(笑)。そんな“伝説の人”が、夜中まで笑わせてくれるのがうれしかった。

――三宅さんとリーダーは、明大落研で受け継がれている高座名「紫紺亭志い朝」の4代目と6代目。そして、その間の5代目が立川志の輔師匠である。

「ブレイクの裏に桑田佳祐が!「三宅裕司×渡辺正行」初夏のドリーム対談〔前半戦〕」のページです。デイリーニュースオンラインは、渡辺正行三宅裕司立川志の輔桑田佳祐サザンオールスターズエンタメなどの最新ニュースを毎日配信しています。
ページの先頭へ戻る

人気キーワード一覧