戦国きっての勇将・島左近の墓が京都西陣にあった!旅で見つけた隠れ歴史スポット【前編】 (4/4ページ)

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 浮世絵に描かれた島左近。(写真:豊臣昇進録 島左近)

それから先、左近の姿は戦場から忽然と消えてしまいました。乱戦の中、銃弾に斃れたとも、西国に落ちていったとも、様々な推測が流れましたが、その後、誰もその姿を見た者はいなかったのです。

ただ、左近の戦いぶりを見た東軍の将士達は、夢の中に現れ「かかれ!」と戦場を震わすほどの大音声で叫ぶ左近の幻に悩まされたといいます。

左近の戦いぶりは「鬼神も欺く」と称されたほど恐ろしいもので、その姿にうなされる者が続出したということでした。

 笹尾山麓の島左近陣跡。東軍との最前線だった。(写真:関ケ原観光協会)

【後編】は、京都西陣にある島左近の墓を紹介しましょう。

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