追善供養は故人だけでなく自分が亡くなったときのためでもあった (1/2ページ)

心に残る家族葬

追善供養は故人だけでなく自分が亡くなったときのためでもあった

初七日、四十九日、一周忌、三回忌と人が亡くなると仏教では追善供養のための法要を行う。追善供養は、亡くなった方のためにあるだけではなく、この世で生きる私たちのためでもある。いわば心の積み立て貯金である。追善供養の意味を確認し、どうして積み立て貯金と表現したのかご紹介する。


■法要が行われる日について

法要が行われる日付について意外と知らない方が多い。一周忌はなんとなく節目なのでと思うだろうが、初七日と四十九日はいったいどうしてその日付で行うのか。それは、あの世で行われる十王審査が関係していた。

仏教では人は亡くなると、仏様の化身である十王によって裁かれ、六道(地獄道、修羅道、畜生道、餓鬼道、人道、天道)のどこかに生まれ変わるという考え方がある。

■十王審査

人が亡くなると旅をすると言われ、旅の過程で出会う十王により裁かれていく。これを十王審査という。
旅を始めてから7日目、1人目の王「秦広王(しんこうおう)」によって生前の嘘について裁判が行われる。
最初の裁判が行われるのが7日目であり、初七日のもととなっているのです。その後7日ごとに、行われていく十王審査を改めてまとめてみると以下の通りである。

14日目  初江王(しょこうおう)  動物や生き物の殺傷  二七日(ふたなのか)
21日目  宋帝王(そうていおう)  邪淫の罪  三七日(みなのか)
28日目  五官王(ごかんおう)  飲酒や嘘  四七日(しなぬか)
35日目  閻魔大王(えんまだいおう)  六道の行先の決定  五七日(いつなぬか)
42日目  変成王(へんじょうおう)  細かい場所を決定  六七日(むなぬか)
49日目  泰山王(たいざんおう)  性別や寿命の最終決定  七七日(しちしちにち)・四十九日

49日目までは、中陰とよばれており、死者は成仏できずにさまよっている状態となる。これら法要では、死者の冥福を祈り法事が行われているが少しでも裁判での罪が軽くなるように、また良い条件の六道へと生まれ変わりを遂げることができるようにと祈ることで、現世から故人へ善を送っているのである。

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