脇差は武士の命!戦国大名・伊達政宗が愛用した刀剣「鎬藤四郎」のエピソード (5/6ページ)
時は寛永13年(1636年)5月24日、70歳の生涯に幕を下ろそうとしていた政宗は、その枕元に嫡男・忠宗を呼んで遺言します。
「よいか。わしが死んだら、鎬藤四郎を上様に献上するのじゃ。それと引き換えに普請のお願いをすれば、きっと聞き入れられよう……」
(※もちろん他にも伝えていますが、ここでは割愛)
この普請のお願いとは本拠地の仙台城に二の丸を造営する件と言われており(諸説あり)、なかなか許可が下りなかったそうですが、鎬藤四郎と引き換えに認めてもらえと言っているのです。
「我が命(愛刀)に換えての願い、よもや聞かぬとは申すまいな?」
とまでは流石に思っていなかったでしょうけど、ともあれ普請の許しが出たと言いますから、なかなかの「使いどころ」だったと言えるでしょう。