ゆいレールよりはるか南に鉄道があった!そのワケとは? (2/2ページ)
南大東島の開拓が本格的に始まったのは20世紀に入ってからだったが、1902年には早くも2.6キロの軌道が完成。ちなみに当時はトロッコを人力で押していたそうだ。
すると、サトウキビの生産拡大や島民の増加に伴い蒸気機関車が登場。あくまで貨物輸送が目的ながらサトウキビ畑や製糖工場で働く作業員の通勤用としてだけでなく島内の事実上の公共交通機関でもあったという。
その後、太平洋戦争の爆撃で壊滅的な被害を受けるも戦後に運行を再開。しかし、徐々にトラックでの輸送に移行し、1983年に廃止されている。
「2010年代に入って観光客誘致の目玉として復活の話も出ていましたが、十分な費用対効果が得られないとのことで結局中止。それでも実際に使用されていた蒸気機関車とディーゼル機関車、貨車と復元された客車は今も保存されており、島を訪れた人は必ず立ち寄る観光スポットになっています」(同)
廃止になったとはいえ、離島で鉄道が走っていたのは日本でも珍しい。下手な海外より時間はかかるが、いつか行ってみたいものだ。
(高島昌俊)
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