意外に武闘派?継母に復讐を遂げて家督を奪還した戦国大名・足利茶々丸 (3/4ページ)
「公方様、あの茶々丸めはあーでもないこーでもない……」
「何だと……あやつめ、許せぬ!」
円満院の讒言をすっかり信じ込んだ政知は茶々丸を廃嫡して後継者の座から外し、それを諫めた執事の上杉政憲(うえすぎ まさのり)は自害を命じられてしまいました。
「父上……!」
茶々丸は土牢に幽閉され、数年間にわたり円満院らによる虐待を受け続けますが、延徳3年(1491年)に政知が病死すると、牢番を殺して脱獄に成功。
「この怨み、晴らさでおくべきか……!」
「茶々丸……そなたは継母を手にかけようと申すのか!」
「やかましい、継子をいじめ抜いた鬼婆が何を吐かすか!」
にっくき円満院と潤童子を殺して復讐を果たした茶々丸は事実上の堀越公方となったものの、円満院派であった重臣の外山豊前守(とやま ぶぜんのかみ)や秋山新蔵人(あきやま しんくろうど)を討ったため、支持を失ってしまいます。
この混乱に乗じて攻め込んで来たのが、かの伊勢宗瑞という訳です。