戦国武将の「老後と終活」を暴く〈あぁ、憐れ…〉真田昌幸は金の無心で怒濤の手紙攻撃 (2/3ページ)

Asagei Biz

 本来なら死罪になるところだが、正室の豪姫の実家である前田家などの助命嘆願で死罪を免れた。

「八丈島での生活は豪姫の実家の前田家から1年ごとに米70俵が送られてきましたが、困窮生活でした。ある時、江戸から出向いた代官に食事に招かれ、3杯目のごはんは家族に食べさせたいからと、おにぎりにして持ち帰ったとか。八丈島に漂着した船にいた福島正則の家臣に酒を恵んでもらったなど、ミジメな貧乏暮らしが伝えられています」(河合氏)

 食料乞いの宇喜多秀家豪姫をテーマとした楽曲を作詞している小栗氏は、

「2人の絆が保たれたのは、豪姫の秀家に対する思いが深かったからでしょうね。金沢にある豪姫の供養塔の隣には秀家の供養塔も建てられていて、八丈島には秀家と豪姫の石像も建っています。また豪姫死後、姫の思いを乗せるため、家臣が『大悲船』という、船形の厨子の鍵を作ったほど、絆は後の世に伝わりました」

 宇喜多秀家よりも、もっと遠く海外追放になったのは、キリシタン大名の高山右近

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