神にも鬼にもなる牛 牛を祀る神社や牛に関連した神事を調べてみた (5/6ページ)

心に残る家族葬

しかしその後2人は、土地に災厄が広がったことから、諸国を巡り、仏法を説いた行空上人の噂を聞き、呼び寄せることとした。上人は2人の前世からの宿世、現世の業から逃れることは難しいと説いた。2人は大いに懺悔し、上人に深く帰依した。するとそれまでの業障が消滅し、家運が大いに盛り返した。それを受けて助能は、私財を投じて高野山に講坊を建立した。そして殺してしまった子どもを「胎蔵界外(げ)金剛部牛の宮」、すなわち胎蔵界曼荼羅の外金剛院に描かれた牛の宮と捉え、崇敬の対象とし、地域の氏神とした、というものだ。

この話が上庄の「牛御前さま」と直接的な関係があるか否かは、不明だ。ただ言えることは、平安期にこの一帯が藤原道長の5男・長家の孫である藤原俊忠(1073〜1123)の所領「瀬高荘」だったことから、京の都に広く伝わっていた仏教思想・文化の影響を濃厚に受けていたこと。そして、869(貞観11)年に清和天皇(850〜881)の命で創建されたとされる、応神天皇・仲哀天皇・神功皇后・祖天児屋根命(そあめのこやねのみこと)に加え、「牛之宮」も祀る、鷹尾(たかお)神社(柳川市大和町)が、後に分割された「瀬高下荘」の鎮守であったことと深い関係があるのかもしれない。

■最後に…

2021年も7月に入り、折り返し地点に来たが、「辛丑」の言葉通り、コロナ禍に限らず、良きにつけ悪しきにつけ、既成の常識やルールを打ち破る、何らかの「転換」が起こる可能性を意識しつつ、我々の生活から切っても切り離せない「牛」に対して、感謝の気持を忘れずにいたいものである。

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