キリスト教伝来で勃発した宇宙観をめぐるキリスト教と仏教の対立 (3/4ページ)

心に残る家族葬

「天眼」などを出されては科学的な議論にはならないが、円通はあくまで須弥山は観念ではなく現実に存在する立場を貫いた。後に円通の弟子が東芝の創業者で「からくり儀右衛門」「日本のエジソン」と呼ばれた田中儀右衛門(1799〜1881)に、円通の理論を元に地球儀ならぬ「須弥山儀」の製作を依頼した。須弥山儀は龍谷大学や、セイコーミュージアム銀座などに保管されている。

近代になると浄土真宗本願寺派僧侶・佐田介石(1818〜1882)が円通の意志を継ぐ形で須弥山擁護の論陣を張ったが、須弥山が現実世界として存在する論はこの辺りでほぼ足を止めた。

■宗教と科学のカテゴリー

清沢満之(1863〜1903)は次のように述べている。「世界の構成や万物の組織についての説は、学説としては色々の研究が必要なれども、宗教に関しては、いずれの説にても、さしつかえはない」。清沢は科学的事実と宗教的な真実を混同するなと指摘した。既に富永仲基(1715〜1746)が、須弥山は瞑想の産物だと批判していたが、宣教師が天文学を伝えたことで宗教と科学のカテゴリーが混在していることがこの問題をややこしくしている。

南都の傑僧として名高い、法相宗薬師寺の橋本凝胤(1897〜1978)は徳川夢声(1894〜1971)との対談で須弥山世界に基づき天動説を擁護した。天動説でも一向に困らぬと20世紀の真ん中で平然と言ってのけたのである。 確かに我々は生活していく上で天動説で困ることはほとんどない。普段でも日が昇る沈むと言っている。もちろん正確な科学知識は持ち合わせるべきだし、凝胤も東大文学部卒であり当然科学知識も豊富であったはずだ。あくまで知識を持った上で、あえて科学と宗教の違いを述べたのではないか。本来科学と宗教は別のカテゴリーに区別されるべきで、その上で対話を模索することが望ましいといえる。中世の日本人に天文学を見せつけて得意顔だったキリスト教もまもなく地動説に大きく揺さぶられ、自然科学という息子に独立されてしまうことになった。

■そびえ立つ須弥山

宇宙には謎が満ちている。知的探究、科学する心は素晴らしいものであるし、エセ科学に騙されないためにも正しい科学知識は身につけておきたい。

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