キリスト教伝来で勃発した宇宙観をめぐるキリスト教と仏教の対立 (4/4ページ)

心に残る家族葬

その上で、宗教の役割は科学のその先にあることも明確にしておかなければならない。例えば死の問題である。科学がどれほど進歩しても死の謎を解くことはできない。正確には客観的現象としての「生物の死」についての真理には迫れるだろう。しかし「私の死」「私の死後」については宗教に委ねるしかない。ここに宇宙観と死生観が結びつく。あの世はあるのか。死後生は存在するのか。今生の命運尽きつつある時、我々の前に須弥山がそびえ立つかもしれない。それは我々にとって非科学的な事実である。

■参考資料

■魚豊「チ。地球の運動について」1〜4巻小学館(2020〜)
■定方晟「須弥山と極楽」講談社現代新書(1973)
■清沢満之「精神主義」中央公論新社(2015)
■橋本凝胤「信ずるとは何か」芸術新聞社(2011)
■平岡隆二「イエズス会の日本布教戦略と宇宙論」長崎歴史文化博物館研究紀要 第3号(2008)
■鍋島直樹「親鸞の宇宙観と須弥山儀の再評価」『印度學佛教研究』60巻 第2号(2012)
■西村玲「日本における須弥山論争の展開」『印度學佛教研究』61巻 第2号(2013)
■常塚聡「日本における須弥山説の受容」 『現代と親鸞』 17号(2009)
■木場明志「幕末〜明治初期の梵歴研究について」『真宗連合学会研究紀要』 27号(1983)
■常塚聡「須弥山と地球ー科学的宇宙論と仏教的宇宙観の接触ー」『現代と親鸞』 20号(2010)

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