公人として死にたいか、私人として死にたいか(森鴎外・志村けん) (3/4ページ)

心に残る家族葬



■突然過ぎた志村けんの死

志村けんの銅像に話を戻すと、志村は果たして、日本中の人々をテレビに釘づけにしたコメディアンの「志村けん」として死にたかったのか。それとも鴎外的な言い方をすれば、「東村山人志村康徳」として死にたかったのか。或いは、「志村けん」でもある「志村康徳」そして、「志村康徳」でもある「志村けん」を望んでいたのか。萎縮腎、そして肺結核という重篤な病に倒れていたとはいえ、遺言を語る時間、そして最後の力を振り絞っていたとはいえ、それでも、肉体的・精神的な「余力」があった鴎外とは異なり、志村の場合、突然の死ゆえに、「それどころではない」。コロナに倒れる前にしても、もっとあれこれ、やりたいことやしなくてはならない大切な仕事がたくさんあり、そちらに全神経を集中していたはずである。それだけに、志村の突然の死が実に悲しく、やりきれない思いにさせられる。

■志村けんはなにを思うか


しかし、東村山駅そばには志村の銅像がある、ただそれだけでも、志村の一挙手一投足に大笑いした多くの人々にとっては、心の拠り所になることは言うまでもない。「志村康徳」の魂は今、安らかに眠っているのであろうが、不世出のエンターテイナーであった「志村けん」の魂は時折、銅像の後ろに隠れて、手を合わせて祈ったり、スマートフォンを向けて記念撮影をしたりしている、小さな子どもからお年寄りに至る、大勢のファンの様子をこっそり見ながら、面白いことを言ったりやったりしようとうずうずしているのではないだろうか…。
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