東京オリンピックという名のお祭りと神事としての祀りと祭り (3/3ページ)

心に残る家族葬



■こんなときだからこそ祭りが必要という考え方

桑田佳祐が東日本大震災を受けてリリースした「明日へのマーチ」は鎮魂と再生を歌った曲である。また、アミューズ事務所所属のアーティストが総出で唄った復興応援チャリティソング「Let''''s try again」のソロバージョンも収録されている。鎮魂と再生、復興と応援。これだけで十分完成しているはずだが、桑田はさらにもう一曲を追加した。それが「ハダカ DE 音頭 ~祭りだ!!Naked~」である。前2曲とは全く違う音頭調のコミックソングで、歌詞も相当にふざけた内容だ。辛気臭いことは言わず、とにかく踊れや騒げと言わんばかりの下品で陽気なフレーズに満ちている。聴く人によっては不謹慎極まりない。しかし桑田は未曾有の災害に打ちひしがれる人々には祭りが必要なのだと訴えたのではないだろうか。皆で笑い、歌い、踊る「お祭り気分」は鎮魂や応援に劣らず大切なものである。とにかく気分を明るくして元気にならなければどうしようもないではないか。「生涯、愛とスケベを歌い続ける」と明言した桑田ならではの楽曲構成だったといえる。

■人は祀り、祭る

雨乞いをしたからといって必ず雨が降るわけではないし、祈りを捧げたとて疫病が退散することもない。それでも人は祀り、祭る。去年は疫病退散を願って疫病封じの妖怪「アマビエ」の存在が世に知られ、SNSなどを通じてその絵が拡散された。そこに合理的、実質的な意味を見出すだけ無駄だろう。この「祭り」が終わりコロナの日常が戻ったあとに何が残るだろうか。感染者数の推移もどのようになるかはわからない。だが興奮と熱狂の記憶だけは確実に残る。少なくともその瞬間、元気で前向きになれたことは確かである。

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