美しすぎる横顔…明治時代「社交界の華」として活躍した陸奥亮子の苦難と夫婦愛 (4/7ページ)

Japaaan

西南戦争の最終決戦。「鹿児島城山戦争之図」

「悔やむまいぞ……これも藩閥政府を打倒するため、西郷先生の義に応えぬ訳には行かなかったのだ……」

「あなた……!」

まったく、夫が夢追い人だと苦労させられるのは今も昔も変わりませんが、動揺する亮子を戒めたのが、姑の伊達政子(だて まさこ)。

「人は艱難に遭はなければ真の人間にはなれません。亮子も今度のこと(宗光の入獄)で能く心を研(みが)かねばなりません。あれが為めには今度が大の薬です」

ひとたび天下に志を立てたなら、一度や二度の入獄くらい、通過儀礼ではありませぬか……生粋の武家育ち、昔気質の政子は肝の据わり方が違っていました(※前年に亡くなった舅の伊達宗広も、生きていればそう言ったでしょう)。

「ま、あの子も一回り大きく成長してくるでしょうから、私たちはしっかりと家庭を守って帰りを待つとしましょう」

「はい、お義母様!」

やれやれ、今時の若い者ときたら、大した覚悟もなく成功だけを夢見るんだから……そんな老人たちのぼやきが聞こえて来そうですが、ともあれ亮子は政子と共に獄中の夫を支え続けたのでした。

ちなみに、宗光に下った判決は除族(じょぞく。士族の身分を剥奪)の上で禁錮5年のところ、特赦によって4年で出獄。亮子とやりとりした手紙の数々は、夫婦の深い愛情を現代に伝えています。

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