もうカタギに戻れない…殺人を犯した明治時代の美人芸妓・花井お梅の末路【上編】 (2/4ページ)

Japaaan

行こうか……」

しかし花井家の方でもムメを末永く大切に育てる気などなかったようで、

「これは磨けば光る玉の子じゃから、投資もしっかり回収できるじゃろう」

とか何とか明治10年(1877年)、15歳になったムメは東京柳橋(現:東京都台東区)の花街へ芸妓に出されました。

「さぁ、今まで育ててやった恩返しに、たっぷり稼ぐんだぞ!」

「……はい」

美貌の芸妓として人気を集めたムメ(イメージ)

小秀(こひで)の名前でお座敷に上がったムメは、持ち前の美貌と世渡り上手で評判となり、18歳となった明治13年(1880年)、新橋の妓楼に移って秀吉(ひでよし)と改名します。

「もうあたいは一人前だから小の字は要らない。豊臣秀吉(とよとみ ひでよし)みたいに成り上がって天下を奪ってやるのさ!」

気風のよい姐御肌で人望を集めたムメですが、いかんせん酒癖が悪くてキレやすく、ヒステリックな性格で敬遠されたようです。

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