もうカタギに戻れない…殺人を犯した明治時代の美人芸妓・花井お梅の末路【上編】 (1/4ページ)
世の中を見渡すと、悲しい事件が佃煮にするくらいあふれ返っています。
しかしよく見ると悲しいのは被害者ばかりでなく、加害者もまた悲しい過去を持っていることが少なくありません。
もちろん被害者らにしてみれば「だからどうした。それで犯行が正当化される訳でもあるまい」ともっともな一言。
それでもやはり第三者としては、自業自得とは言うものの、犯した罪ゆえにたどる末路の哀れさに、一抹の同情を禁じ得ないことが間々あります。
今回は明治時代の芸妓・花井お梅(はない おうめ)の生涯をたどってみましょう。
花柳界の風雲児に、あたいはなる!花井お梅は江戸幕末の元治元年(1863年)、下総国佐倉藩(現:千葉県佐倉市)の藩士・専之助(せんのすけ)の娘として生まれました。
武士なら苗字を名乗っていたはずですが、後に語られる事情により、家名を汚さぬよう伏せられたのかも知れません。
本名はムメ(読みは「うめ」)、家庭は貧しかったようで明治3年(1871年)、9歳で花井家へ養女に売られます。
「ムメや、達者でな……」
「父上……」
(もちろん人身売買は憚られますから、謝礼などの形で支払われたのでしょう)
「さぁ、ムメちゃん。