討幕への口火に!黒幕・西郷隆盛が仕組んだ薩摩屋敷焼打ち事件とは【大政奉還〜王政復古の大号令編】 (3/7ページ)
第15代将軍徳川慶喜が政権を朝廷に返上、世に名高い「大政奉還」である。
[今さら聞けない幕末]どうして徳川慶喜は大政奉還をしたの?きっかけはあの幕末ヒーロー実は、大政奉還が行われた10月14日前後、討幕を画策する反幕府勢力側にも大きな動きがあった。いわゆる「討幕の密勅」である。
密勅の首謀者は公家の岩倉具視だった。前年の第二次長州征伐に失敗した幕府など、もはや恐れぬに足りぬとの判断から、謹慎・蟄居中にもかかわらず、武力討幕に踏み込んだのである。
岩倉は、討幕派の先鋒を走る薩長両藩に働きかけた。是が非でも徳川慶喜を血祭りにあげたいと執念を燃やす西郷隆盛や大久保利通らは、これ幸いと密勅を受けたのである。
ところが、討幕派にとって思いもよらないことが起こった。「大政奉還」である。「討幕の密勅」と同日に、まるで討幕派の動きを読んでいたように徳川慶喜に政権返上という先手を打たれたのである。
そして、翌10月15日。朝廷はいとも簡単に、「大政奉還」を受理してしまった。岩倉らは慌てて密勅をもみ消したのだった。
