始まりはライブで聴いた印象的な曲だった――小説第2作『これはただの夏』を燃え殻さんに聞く(1) (4/5ページ)

新刊JP

明菜といる時の方が、「ボク」の人生が進んでいるような感覚を受けますが、その対比はどのように意識されましたか?

燃え殻:自分の中では2人とも現実味のない設定のキャラクターで、薄くつながっているようにはしているんです。つまり、明菜はあのまま大人になって優香みたいな人になる可能性もあるし、一方で優香の子どもの頃は明菜みたいな子だったかもしれない。

明菜は優香を見て、嘘をついたり、言えないことがあったりもするけれど、ちゃんと生きている姿にどこか安心したりするのかなとも思うし、優香は明菜を見て、昔の自分を見ているかのように思って、お母さんっぽくなっていく感じにしたかったんですね。

それは女性2人だけじゃなくて、男性の登場人物もそうです。「ボク」はもし少しでも道が違っていたら、引きこもりのホクトのようになっていたかもしれないし、大関みたいな生き方の道もあったかもしれない。その両極の中で立ち尽くしている感じにしたかった。

――全員が全員、別の人間ではなく、どこかでつながっている。

燃え殻:僕自身がそういう考えをしているんですよね。今、目の前にいる人に対して、自分と全く関係ないとは思わないんです。もしかしたら、自分が相手の会社で働いていたかもしれないとか。どんな人も全く違うわけがなくて、何%かでも自分に近い部分があるんじゃないかなと。

優香と明菜も、2人が交流するなかで、昔やこれからをお互い意識することがあるんじゃないかなと思うんですよね。

――なるほど。物語的には、明菜がストーリーを回していく役割を担っているかのようにも思えますが、そこに彼女を据えさせた理由は?

燃え殻:彼女が物語を進めているわけではなく、彼女がいることによって、「ボク」をはじめとした周囲の大人たちが変わらざるをえなくなったということだと思います。

明菜と一緒にいることで、何もせずに面白みもない「ボク」が大人ぶらないといけなくなったわけですよね。

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