「鬼」になり切れなかった大久保利通の悲哀。西南戦争に西郷隆盛はどこまで関与した? (3/5ページ)
そして、一体何がどうなったのか、西郷はよりにもよって桐野利秋にすべてを委ねてしまうのです。
桐野はその経歴からも分かる通り、戦いの中に身を置いてきた根っからの武人です。
明治6年の政変で西郷と共に鹿児島に帰る直前にも、「征韓論で敵対した参議を斬る」と息巻いて、大久保から「軍人は政治に口を出すな」と諭されたほどの気性の持ち主なのです。もう止まりません。
彼が率いる反乱軍は、鹿児島から熊本城へ向けて直進行軍を開始しました。
しかし、士族の反乱がことごとく鎮圧されていた時期です。援軍が来るはずもなく、2月には熊本城で政府軍と衝突しました。
これにより、反乱軍が当初思い描いていた、鹿児島から東京まで進軍するという計画も暗礁に乗り上げました。
その後も南九州各地で激戦となりますが、いずれも政府軍が数で圧倒します。
鬼になり切れなかった大久保9月24日には政府軍が鹿児島の城山を包囲し、反乱軍を追い詰めます。