「征夷大将軍の肩書きなどいらぬ」せっかくのポジションを無下にした源頼朝の真意とは? (3/5ページ)
では、坂上田村麻呂ならどうか? 彼は征夷大将軍に登用されて結構な実績を上げて人生をまっとうしています。それならいい。じゃあ征夷大将軍にしよう。……ということで、頼朝の肩書は決まったのでした。
これで頼朝は、めでたく征夷大将軍となりました。
ところが彼は、この後何をしたかというと、征夷大将軍を辞めているのです。
せっかく考えてくれたポジションを無下にするのだからひどい話ですが、その経緯はよく分かりません。ただとにかく「征夷大将軍」という肩書には特別な意味も権力もなかったようです。
その証左のひとつとして、当時出された頼朝の命令書で「前右大将家政所下文」というものがあります。
これが出されたのは、彼が征夷大将軍を辞した後でした。しかしこの命令書のタイトルには「前の右大将」とあります。どうやら頼朝は「前の征夷大将軍」でも「前の右大将」でも、どっちを使っても良かったようです。ゆるい言い方をすれば、どうでもよかったのかも知れませんね。
朝廷が与える肩書は「名前だけ」のもので、実は大して意味がなかったらしいことは、その後の歴史を見ても分かります。