「征夷大将軍の肩書きなどいらぬ」せっかくのポジションを無下にした源頼朝の真意とは? (2/5ページ)

Japaaan

源頼朝公の銅像

『山槐記』によると、まず頼朝は朝廷に対して「私を大将軍にしてください」と要望してきました。

この時、頼朝は「右近衛大将」というポジションに就いていました。ただ、これはもともと貴族が就任する役職で、「右近衛大将」「左近衛大将」ともに、実際には軍事を取り仕切るものではなかったのです。名前だけは強そうなんですけどね。

で、頼朝としては、自分は武士であり貴族ではない。「大将軍」という肩書が欲しい、と希望したのです。

これに朝廷もオーケーを出し、じゃあどういう名前の役職にしようか……ということを考えました。この時、名前の基準になったのはなんと「縁起の良さ」です。どんな役職名なら、よりおめでたいか? が問題となったのです。

この時出た案には、「惣官」「征東大将軍」というものがありました。

しかし過去の事例では、前者は平宗盛に、後者は木曾義仲に与えられています。どちらも非業の死を遂げており縁起が悪い。

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