「征夷大将軍の肩書きなどいらぬ」せっかくのポジションを無下にした源頼朝の真意とは? (1/5ページ)
「征夷大将軍だから鎌倉幕府を開けた」はウソ!?
皆さんご存じの源頼朝(みなもとのよりとも)と言えば、「1192年に鎌倉幕府を開いた人物」として有名ですね。
そしてそれは、「征夷大将軍というポジションに任命されたことで、軍事のトップに立ったから幕府を開くことができた」という流れで現在に至るまで認識されてきました。
ところが、この流れが真実を言い当てているのかどうかは、ちょっと怪しいようです。
征夷大将軍=軍事のトップ=鎌倉幕府、ではないんですね。
一体どういうことでしょう? この記事では、その真実に迫りたいと思います。
朝廷が与える肩書きは「名前だけ」「征夷」とは、僻地の人々を征服するために軍事力を振るうこと。そしてそれを承認された大将軍が、征夷大将軍だとされています。
しかし朝廷で内大臣を務めた中山忠親による『山槐記』によると、頼朝はこの「征夷大将軍」のポジションには興味がなかったようです。
もっと言えば、征夷大将軍というのはただの名前に過ぎなかったらしい。これはどういうことでしょうか。