酔っ払って妻を斬殺するも隠ぺい工作…第2代内閣総理大臣・黒田清隆の酒乱エピソード (4/5ページ)

Japaaan

(けっ、お前らだって、自分の藩閥である長州や佐賀出身者であれば、必死にかばい立てするくせに!)

大久保も黒田も、そして川路もみんな薩摩藩の出身で、こと川路については警察制度を確立した功績から後世「日本警察の父」と呼ばれますが、当時は薩摩藩閥の手先に過ぎませんでした。

「日本警察の父」川路利良。Wikipediaより

※ちなみに、黒田は後に材木商・丸山伝右衛門(まるやま でんゑもん)の娘である滝子(たきこ)と再婚。黒田の酒乱にはさぞ悩まされたことでしょう。

エピローグ

かくして黒田の政治生命は永らえたのですが、そんな露骨な隠ぺい工作を世論が心から認めるはずもありません。

やがて大久保が暗殺されると事実上の政界トップに躍り出た黒田でしたが、酒乱ゆえの不祥事も相次いで間もなく第2次伊藤博文内閣に政権を譲ることになります。

「酒さえ呑まなきゃ、いい人なんだけどねぇ……」

大体そういうヤツはどうしたって酒を呑んでしまうもので、最期は明治33年(1900年)8月23日、脳出血のため満59歳で世を去りました。

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