井上円了が哲学を学ぶ為の「哲学館(現 東洋大学)」を創立した理由 (3/3ページ)
そのように主張する向きは「カントによると〜」とか「ニーチェが言うには〜」などと他の哲学者の言葉を借りるものではないと批判する。本質的には正論といえるが、こうした考えには一種の甘えもつきまとうと思われる。
音楽で例えると最近では歌手が自分で詞曲を作るタイプが大勢を占めている。自分の世界観を表現することは素晴らしいことである。だがその反面、どのような作品でも個人の世界観、死生観、人生観などで済ませられてしまう。かつて歌手は文字通り「歌い手」であり、作品は専門の作詞・作曲家が制作していた。歌手は作家の作品をいかに歌いこなすか、作家としのぎ合っていた。山口百恵の「秋桜」という楽曲がある。結婚を直前に控えた娘の母親に対する想いを綴ったもので、当時18歳の百恵にとっては難しい曲だった。百恵が作者のさだまさしに「実感がわかない、上手く歌えない」と話すと、さだは自分らしく歌えばいいと諭したという。「秋桜」は未熟な少女歌手が熟練のソングライターの世界に挑戦した結果名曲となったのである。
哲学的な問いは誰でもできる。多くの人が通過したように子供こそ哲学者であるともいえるが、大概はそれ以上展開できずに終わってしまうものだ。先哲たちの著書にはその先が示唆されている。永井均が「一人称の出来合いの哲学問題」と呼んだ自己満足の思索に陥らないためにも、先哲のテキストを読み込み、先哲としのぎ合う修練は必須である。自らの言葉で考え、語ることを是とした池田晶子(1960〜2007)も哲学科で学び、プラトンやヘーゲルを愛し、死去の寸前までヘーゲルの「大論理学」の口語版を執筆していた。円了は曖昧な人生論のような哲学を庶民にたれ流そうとしたわけではない。哲学を学問として正しく「学ぶ」ための場として哲学館を創立したのであった。
■必要緊急の「諸学の王」
書店には「〇〇分でわかるカント」のような入門書が並ぶがやはり哲学は難しい。難しいが面白い。円了が哲学の門戸開放に力を注いだのは学者の使命と共にやはりその魅力故だろう。生と死、存在と無を考える哲学ほど生きる上で必要な学問はない。ましてコロナ禍の現在ではなおさらである。我々は現実に今こうして生きて存在し、いつ死ぬかわからない。不要不急どころか今、ここで、必要な学問であるといえる。ステイホームのご時世、簡単な入門書の次は本物の哲学書の「勉強」に挑戦されたい。
■参考資料
■東洋大学創立百年史編纂委員会/東洋大学井上円了記念学術センター 編「東洋大学百年史 通史編1」東洋大学(1993)
■永井均「私・今・そして神」講談社(2004)