線香よりも竹刀の音を…近藤勇の志を継いだ明治時代の剣客・近藤勇五郎の遺言 (2/5ページ)
(義父上……っ!)
慶応4年(1868年)4月25日、江戸は板橋で近藤勇の最期を見届けると、郷里に帰って父・音五郎と共に勇の遺体を引き取りに行きました。
「義父上が安心できるよう、天然理心流宗家は私が立派に受け継いで参ります」
新政府軍の監視があったため、しばらく許婚の瓊、姑のつねと本郷村の成願寺(現:東京都中野区)に隠れ住んでいた勇五郎は、明治9年(1876年)に瓊と結婚、近藤家の婿養子となります。
「さぁ、これから天然理心流宗家を再興させよう!」
近藤勇の生家向かいに剣術道場を開いた勇五郎は、剣客として名高い旧幕臣の山岡鉄舟(やまおか てっしゅう)に撥雲館(はつうんかん)と命名してもらいました。