三韓王に、俺はなる!古代朝鮮で王朝独立を目指した紀大磐の野望と謎 (2/4ページ)

Japaaan

「いくら大将軍(故紀小弓)閣下のご子息とは言え、何の経験もない者が最高指揮権を掌握するなど納得が行かぬ!」

「黙れ!亡き父の名代として参っておる以上、父と同等の権限が認められて然るべきではないか!」

現場の声を顧みず、協調姿勢のない大磐の態度に腹を立てた宿禰は、韓子と共謀して大磐の暗殺を図りました。

「バカめ、そなたらの考えつきそうな浅知恵なぞ、とっくにお見通しだ!」

「ぎゃあ……っ!」

大磐は韓子を返り討ちにしたものの、宿禰は取り逃がしてしまいます。

陣中の権力抗争には勝利したが……(イメージ)

この抗争によって大和朝廷軍の内部分裂が決定的となり、戦争どころではありません。やむなく朝廷は軍勢を引き揚げさせたのでした。

三韓王に、俺はなる!と、神聖王を称したが……

「せっかく武勲で初陣を飾ろうと思ったのに、つまらぬ横槍でふいになってしまったわい……」

日本に帰国して以来、むしゃくしゃしながら過ごしていた大磐でしたが、歳月は流れて顕宗天皇3年(487年)、再びチャンスが巡って来ました。

「よし、今度こそ!」

喜び勇んだ大磐は軍勢を率いて海を渡り、たちまち任那(みまな。朝鮮半島の古代王朝)を掌握して活動拠点を確保します。

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