曹洞宗の道元や浄土真宗の親鸞が故郷に帰って人生の幕を引いた理由 (2/4ページ)
心から地球を故郷とする実感を持つには、宇宙に移住するか地球外知的生命体とのコンタクトを通じて地球人のアイデンティティを得る以外にないだろう。
■故郷へ帰った仏教者
日本には「鎮守の森」「産土の神」など、土地や民族を強く意識させる土着的な神道の思想と、民族や土地を超越する普遍的価値を説く仏教の思想が両立している。仏教がキリスト教、イスラム教と並び世界宗教とされているのはその普遍的な教え故である。ムスリムは世界のどこにいても聖地メッカの方角へ向かい礼拝する。自分たちがメッカにいる必要はない。聖地の方角へ祈れば通じるからだ。仏教も同じことである。世界のどこへ行っても大日如来や阿弥陀如来の慈悲の光が照らしている。そもそも「無常」を説く仏教に国土に張り付く発想はない。ところが鎌倉仏教の始祖、曹洞宗宗祖・道元(1200〜53)と、浄土真宗宗祖・親鸞(1173〜1262)は故郷である京都で人生の幕を引いた。道元は自身が開山した曹洞宗総本山・永平寺を、親鸞は20年布教を続け浄土真宗を根付かせた関東を後にして、仏教の普遍的な教えを説きながら最後には故郷へ帰ったのである。
■道元と親鸞が最期に故郷に帰った理由
道元は53歳で病にかかり療養のために帰京しそのまま翌年遷化した。当時としては晩年といえる年齢における病は、無常を説く道元にとって“その時”が来たに過ぎないはずである。それにもかかわらず永平寺と弟子たちを背に道元は帰京した。梅原猛(1925~2019)は故郷恋しさの心ではなかったかと述べている。道元はその厳格さにおいて日本仏教史上屈指の求道者である。その道元をして“その時”を自覚し望郷の念に駆られたのは普遍=仏教と土着=神道が混在する日本人故かもしれない。
親鸞が20年にわたる布教活動に終止符を打ち、故郷である京都に帰ったのは60歳を超えてのことだった。故郷を出てから数えれば実に30年ぶりの帰京となる。道元が無常を説いたように親鸞は阿弥陀仏の無限の慈愛を説いた。いつ、どこにいても、誰であっても阿弥陀仏の慈悲の光が照らしている。しかし親鸞は故郷へ帰った。帰京の理由はよくわかっていない。しかし道元と同じ思いだったのではないかと想像する。