夢はでっかく天下一!戦国乱世を闘い抜いた天下七兄弟の武勇伝 (2/5ページ)
谷衛友)
一、辻小作(つじ こさく)
一、中黒道随(なかぐろ どうずい)
一、丹羽山城(にわ やましろ)
一、渡辺勘兵衛(わたなべ かんべゑ。渡辺了)
……ちょっと微妙でしたかね?いやいや、そんな事はありません。
稲葉正成はあの春日局(かすがのつぼね)の元夫で大名(下野国真岡藩主)になっていますし、可児吉長は「笹の才蔵」の二つ名で数々の武勲を立て、谷衛友も大名(丹波国山家藩主)に、渡辺勘兵衛も「槍の勘兵衛」として有名を轟かせました。
残る辻小作、中黒道随、丹羽山城については詳細不明ですが、江戸時代の逸話集『常山紀談(じょうざんきだん)』に、こんなエピソードが伝えられています。
親友同士の一騎討ち!その結末は?辻小作は福島正則に仕へしが、可児才蔵と親しみ深く、共に世に聞えたりし物なり、中黒道随は石田の賓客の如くもてなし置けり、関ヶ原の軍敗れし時、中黒唯一騎落行兵の中に踏止り、さんざんに戦ひけるを辻見ていざ討とらばやといへば、可児なさけなき事をいふもの哉、たすけばやと云辻されは生どれとや、可児に好まれて辞し難しといひすて馳行くところに、中黒馬を深田に打入りて、諸鐙を合わせて更に動かず、辻詞をかけ日頃のよしみに助んずるよ、早く取付けとて槍の鐏(いしずゑ。