始皇帝の生まれ変わり?神の中の神と讃えられた秦河勝のエピソードを紹介 (2/4ページ)
「もしかしたら、その子がそうなのかも知れない」
いやいやまさか……と誰もが思いましたが、それにしても荒れ狂う初瀬川の奔流にただ一人投げ出された赤ん坊が、傷一つ負わずにここまで流れ着いたというのは、奇跡と言うにはあまりにも不思議です。
やはりそうなのだ……この子には秦(はだ)の姓(かばね)が授けられ、また川の氾濫にも負けなかったことから、河勝と名づけられたのでした。
カルト宗教「常世神」を根絶そんな生い立ちからして只者ならざる秦河勝は、皇極天皇3年(644年)にこんな噂を耳にします。
「常世神(とこよのかみ)をお祀りすれば、尽きることのない富と永遠の若さが得られる」……とか何とか。
噂の発生源は駿河国不尽河(現:静岡県富士市)辺りの住人・大生部多(おおうべの おお)。
『日本書紀』によると、常世神とは柑橘類や山椒の木によくいる親指くらい(長さ四寸余り≒12~13センチ)の虫で、蚕(かいこ)とよく似た形で緑色をしており、黒い点がある……とのこと。
どう見てもアゲハチョウの幼虫ですが、その気持ち悪さこそが却って霊性のあらわれなのだとか何とか、富と若さを求める人々はこぞってアゲハチョウの幼虫をつかまえては祭壇に祀ったそうです。