地味だけれども優れた二代目。北条義時・足利義詮・徳川秀忠の資質とは? 【後編】 (2/6ページ)

Japaaan

北条三代のうち、歴史的評価が一番高いのが、義時の子である三代執権の泰時で、最初の武家法である御成敗式目を制定。この功績は、教科書では最重要項目となっています。

一方、泰時と比べるとほんのわずかな記述しかない義時はどうでしょう。実は、関東の地方政権であった鎌倉幕府を全国区に押し上げる大きな功績を残しています。1221(承久3)年に起きた承久の乱で、朝廷を破り、後鳥羽上皇・順徳上皇・土御門上皇を配流、朝廷方の勢力を一蹴したのです。

その実像は、武士というよりも策謀に長けた政治家のイメージを強く感じさせます。鎌倉幕府初期おけるライバルである比企氏・畠山氏・和田氏などの有力御家人の排除の他、三代将軍源実朝暗殺にもその影を落としているのです。

こうなると義時は、地味な二代目などではありません。その志は、三代執権泰時に引き継がれ、鎌倉幕府と北条得宗家の政権確立を成し遂げ、幕府権力は盤石となったと考えられるのです。

 鎌倉幕府三代執権・北条泰時。最初の武家法である御成敗式目を制定した。

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