現代でも大活躍!江戸を支えた「華の三職」大工・左官・鳶職人たちの語源を紹介 (3/5ページ)

Japaaan

葛飾北斎「富嶽百景 三編 足代の不二」

可部奴利が左官と呼ばれるようになったのは江戸時代初期の慶長年間、由来には諸説あるようです。

御所の内裏へ上がるためには相応の身分が必要になるため、工事に際して職人たちには仮の官職が与えられました。

大工……守(かみ)
屋根葺き……介(すけ)
内装飾り……掾(じょう)
可部奴利……(さかん、そうかん)

この目(さかん)から音をとり、左官と漢字を当てたそうです。

高いところを「とび」回る鳶職人たち

そして鳶職ですが、足場をくみ上げる材木を引っかけて持ち上げたり、縛り縄を切って足場を解体したりなど(いざ火事の時には)に用いる鳶口(とびくち)という長柄の鉤(かぎ)に由来すると言われています。

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