カレーを最初に食べた日本人は元白虎隊隊士!?カレーがイギリスを経て日本に定着するまで (3/3ページ)

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『山川老先生六十年前外遊の思出』(1931、国立国会図書館蔵)

さて、カレーが日本で定着するには少し待たなければなりません。
明治5年に『西洋料理通』(仮名垣魯文)と『西洋料理指南』(敬学堂主人)のなかで、作り方が紹介されました。

『西洋料理通』の中では「カリードヴィル・オル・ファウル」と紹介されています。
作り方は、

冷残の子牛の肉或いは鳥の冷残肉いずれも両種の中有合物にてよろし 葱四本刻み林檎四個皮を剥き去り刻みて食匙にカリーの粉一杯シトルトスプウン匙に小麦の粉一杯 水或いは第三等の白汁いずれにても其の中へ投下煮る事四時間半 その後に柚子の露を投混て炊きたる米を皿の四辺にぐるりと円く輪になる様もるべし

と紹介されています。

その翌年の明治6年には陸軍幼年生徒隊の土曜日の昼食がカレーになり、明治9年は札幌農学校の寮で1日おきにカレーが出たとのこと。普及はあっといまのように感じますね!
札幌農学校といえば「少年よ、大志を抱け」のクラーク博士。
ライスカレーと命名したのは教頭だった彼ともいわれていますが、実ははっきりとはわかっていません。しかしその可能性は大いにありそう。

店で販売されたのは明治19年、東京神田の丸久で9銭で売られたのが始まり。昔はカレーライスに福神漬けが定番でしたが、もしかしたら山川氏が杏の砂糖漬けを食べたということが参考になっているのかも?!

参考:『ニッポン第1号ものがたり』(講談社、楠木誠一郎、2021年)、「カレーライスあれこれ」(調理科学研究会、西村政晃、1982年)

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