危機一髪!とっさの機転で暗殺を免れた伏見天皇「浅原事件」の顛末 (3/5ページ)
「おのれ、ただでは死なぬ!」
かねて自慢の強弓を唸らせた為頼、その矢には「太政大臣源為頼(だいじょうだいじん みなもとの ためより)」と記すなど、いささか常軌を逸しており、死に物狂いで戦ったものの衆寡敵せず、ついには3人ことごとく自害したのでした。
中でも八郎為継の自害は凄絶で、ただ命を絶つばかりでなく、腹を掻っ捌いて腸をズルズルと繰り出して敵に示したと言います。『増鏡』によれば享年19、賊ながらあっぱれな若武者ぶりと言うべきでしょうか。
大覚寺統の陰謀だった?事件を告げる不吉な凶兆も結局、為頼らが御所を襲撃した動機は不明のまま、犯人が死んでしまったため取り調べようもなく思われましたが、為頼の所持していた太刀「鯰尾(なまずお)」は三条実盛(さんじょう さねもり)の所有であったことから、
「三条殿が彼等に太刀を与え、御所襲撃を指図したに違いない」
と判断。六波羅探題によって実盛は逮捕されてしまいました。