偉人かはたまた人格破綻者か…やっぱりいろいろスゴいぞ!野口英世 (2/5ページ)

Japaaan

猪苗代湖の近くの貧農の家庭に生まれた野口英世は、幼い頃の火傷で左手が不自由でした。この火傷について、実母はずっと罪悪感を抱いていましたが、英世はそんな母にずっと愛情を注ぎ続けています。

昔、子供の頃に読んだ伝記では、この左手を治してもらったことに感動したことが理由で医学の道に進むことを決めた……と書いてあったような気がするのですが、この、英世にとって「左手の火傷」というのは、一種の「道具」でもありました。

彼が難関の医術開業試験に合格したのは本当のことです。ただその合格までの道のりで、不自由な左手で同情を買うことで借金を可能にする「借金の天才」だったという一面もありました。

それによって彼は、裕福でないと通えない高等小学校へと進学し、卒業後も会津若松で書生として病院に住み込むことができたのです。

そして、そこで高山歯科医学院の歯科医である血脇守之助と出会い、これがきっかけとなって上京し、試験への合格を果たしたのでした。

「借金大王」野口英世!

こうした進路の過程で資金を得ることができたのは、彼の巧みな話術と、不自由な左手によって同情を買うことができたからです。それはそれで彼の特異な能力で、この天才的な「借金大王」ぶりは終生変わることがありませんでした。

おそらく英世は、天才詐欺師としての才能も備えていたと思われます。

ここまでで「借金」と何度か書きましたが、実際には彼が借金として得たお金は、たかりや詐欺まがいの形で得たものも多いのです。

しかし彼の勉学に対する情熱と頭脳の明晰さは本物で、本業である医学や細菌学のみならず、通訳もこなせるほど、複数の語学にも通じていました。それほどの才覚のある人間なら、なるほど投資しようという人がいるのも頷ける話です。

さて、合格した彼は北里研究所の研究員となり、在籍時に来日したジョンズ・ホプキンス大学のサイモン・フレクスナー教授のつてでアメリカへ渡航することが決まります。

で、渡航資金として得たお金を、彼は遊郭で使い果たしてしまいます

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