慣れ親しんだ用語「鎖国」が教科書から消えそう!かわりの言葉「海禁」「限国」ってどういう意味? (2/3ページ)
ケンペルはこの著書の中で「日本は鎖国している」という表現を用い、志筑はそれを忠実に訳したのですが、説明が概念的だったため一語にまとめて「鎖国」としたのです。
志筑のこの『鎖国論』によって、一部の知識階層や幕府内には鎖国という言葉が拡がりました。しかし、一般的に広まって使われるようになるのは明治時代に入ってからのことです。
「鎖国」の誤ったイメージが拡がる明治時代になると、福沢諭吉をはじめとする啓蒙知識人が、西洋化こそが日本の進むべき道であると論じるようになります。一方、江戸時代は封建的だったことを強調するために、開国して文明開化された状態と対比する形で「鎖国」という言葉を多用しました。
そしてそれを受けて、歴史教科書にも「江戸時代は鎖国していた時代」と記されるようになったのです。
実際に江戸幕府がとっていた政策というのは、後に私たちがイメージするようになった「鎖国」とは全く違った意味合いのものでした。それは国際関係上の消極的な立場表明などではなく、むしろ国力が充実していたがゆえに、一部の国との貿易をストップさせるという方策だったのです。
「じゃあやっぱり鎖国じゃないか」という意見もありそうですが、理由があって一部の国との貿易をストップさせるというやり方は現代でも行われていることです。それをもって、その国は鎖国している、という人はいません。
当時の日本が「鎖国」という政策をとっていたというなら、それは逆説的に鎖国政策という形で「開国」していたと言うべきでしょう。