浄土真宗の伝統行事「報恩講(ほうおんこう)」の由来や目的とは (1/2ページ)
仏教の宗派はとても多く、さまざまな年中行事が各寺で行われている。その中でも、即身成仏の考え方を持ち、弔い方に特徴がある浄土真宗で最も大切にされている行事が「報恩講(ほうおんこう)」である。名前を聞いたことがあるが、何をする日なのか?とご存じでない方は多い。浄土真宗の開祖や、報恩講の由来や目的について解説する。
■浄土真宗の開祖「親鸞聖人」について
浄土真宗の開祖は鎌倉時代の仏教家「親鸞聖人」である。9歳の時、天台宗の寺院である青蓮院(しょうれんいん)に入り、天台宗の総本山である比叡山延暦寺の住職である天台座主の慈鎮和尚(じちんかしょう)【慈円】のもと、天台宗の僧侶になって出家をした。そして、比叡山延暦寺で20年に渡って厳しい修行を積むが、悟りを開くことができず、29歳の時、比叡山下山し、法然上人を訪ねることとなる。法然上人は、平安末期から鎌倉時代の僧侶で、浄土宗の開祖である。念仏を唱えるだけで救われるという教えで、修行や、寺に寄進することができない庶民に広く支持され、親鸞聖人もその教えに触れた一人だった。法然上人は人々に救いの道を多く開いていくが、今までの仏教を軽視しているとされ、後鳥羽上皇により法然上人は土佐へ、親鸞聖人は越後に流罪となる。流罪から4年後、法然上人は79歳で京に戻ることが許されたが、翌年病の為その生涯を閉じた。その後、親鸞聖人も同じく流罪から解放され、常陸国で布教活動を行っていく。62歳で京に帰り、執筆活動や布教活動を行い、1262年11月28日(享年90歳)で入滅する。その後、報恩講は、親鸞聖人の御祥月命日に勤まる法要となり、11月28日を中心に全国各地の寺で開催される行事となったのである。
■報恩講について
報恩講は、浄土真宗3代目で親鸞聖人のひ孫である覚如上人が親鸞聖人の33回忌の年、1294年に報恩講の式次第「報恩講私記(ほうおんこうしき)を作成し、実施されることとなる。ご恩に報いる集まりから「報恩講」と名付けられた。ここで言われているご恩は、親鸞聖人に対するご恩に報いる集まりであり、親鸞聖人の喜ばれる事が何かを知り、それを実行するというものである。しかし、恩に報いるといっても、どのような恩なのかわからない。