【鎌倉殿の13人】激しい風雨も何のその…源頼朝のために身体を張った御家人たちのエピソード (2/5ページ)
朝雨霽(晴)る。午以後(うまをもってのち⇒午後)雨頻りに降る。又地震。今日東大寺供養也。
雨師風伯(うし ふうはく)之降臨、天衆地類(てんじゅじるい)之影向(ようごう)、其之瑞(ずい)揚焉(けちえん)。
寅一點(とらのいってん)、和田左衛門尉義盛、梶原平三景時、數万騎の壯士を催し具し、寺の四面の近郭を警固す……。※『吾妻鏡』建久6年(1195年)3月12日条
【意訳】朝がた降っていた雨は上がったものの、午後になって再び激しく降って来た。また地震もあった。今日は東大寺の再建供養である。
風雨の神々、そして天地神々がお出まし(影向)になり、縁起のよい(瑞)ことは明らか(揚焉)。
13:00~13:24ごろ(寅一點)、和田義盛(わだ よしもり)や梶原景時(かじわら かげとき)らが数万騎の武士を率いて東大寺の周囲をぐるりと警護していた。
……土砂降りの中、警備なんて大変ですよね。春先の雨は(寒いと覚悟している冬より)気分的にも冷たく、想像するだけでも身震いがしそうです。
しかし、東国武士たちは違いました。列席していた慈円(じえん。